6 大都会から離れた津軽にははっきりとした四季があった

   地吹雪が津軽三味線の音律に聞こえる

  開放感あふれるの舞台。

  躍動感いっぱいのり。

   紅葉で燃えるような弘前城庭園。

   見知らぬ人と話題が弾む掛け流し温泉

There were four distinct seasons in Tsugaru away from the big city

Winter when the breeze can hear the Tsugaru shamisen noises.
A stage of cherry blossoms full of openness.
Festival full of lively dynamism.
Hirosaki castle garden that burns with autumn leaves.
Hanging out hot springs where topics bouncy with strangers
        

津軽紀行01


                                                                                                         

                           2016.12.20〜
    津 軽 紀 行
     Japan's Tsugaru



                                                         
2018.10.01改


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禁転載



38 弘西林道・十二湖

 アップルロードを横切って、岩木川沿いに目屋に向かう。僅かばかりの田圃が川の両側に広がっていた。斜面にはリンゴ畑が緑一色になっていた。岩木山がそのリンゴ畑の山越しに大きな姿を現していた。国義、中野、田代地区を過ぎて目屋温泉。やがて目屋ダムの堰堤が目に入ってきた。特産舞茸で有名な西目屋地区である。間もなくダムの拡張工事によって沈む運命にあると聞いたが、川原平で舗装道路は切れた。雑木林の中を車はローリングしながら進んでいくと、道は二手に分かれる。左はドライブ地図に記載されていない白神山地の青秋林道に通じている。

とにかくぬかるんだすごい道だった。上空は素晴らしく晴れ渡っていたが、車は薄暗い雑木林の中をゆっくり進んでいく。暗門の滝入り口と書かれた標識が立っていた。三段にまたがる暗門の滝は、弘前の人たちの憩いの場所である。滝までは遊歩道が続いているだけで売店はなかった。流れに沿てただ歩くだけである。揚羽蝶やトンボ、時としてマムシなどが出てきて、自然そのままに残されている滝までは、入り口から約2時間の距離にある。

             
(yahooより)



 四兵衛森に近づくと遠く、千メートル級の峰々がカーブを曲がるたびに見えてきた。向かいの山にも道路標識らしきものが見え隠れしているが、なかなか近づいてこなかった。下っては登り、登っては下る。やがて大きく二つに分かれる地点に到着。右手が鰺ヶ沢町に通じる赤石川林道。日本海から赤石川を登ってきた鮭は、さらにこの奥まで遡って産卵するという。またこの辺りはイワナ、ヤマメの宝庫でもある。限らてた期間釣り人たちが津軽家発祥の地、種里城址から赤石渓谷、さらにこの上流の赤石ダムまで、川に沿って訪れている。
 深く落ち込んだ渓流を下に見ながら橋を渡ってさらに険しい道を進んだ。路端の所々に風呂敷包が置いてあるのが目についた。手拭いを被り長靴をはいた女性が、道にはみ出すように生えているふきを刈り込んでいた。刈り取ったふきは、大きな風呂敷に包んで路端に置いておく。それを小型トラックが回収に来る。この辺りでは山菜採りにやってくるワゴン車が何台か駐車していた。

 3時間ぐらい走っただろうか、奥の湯、新湯、とようやく集落が見えてきた。アユ釣りで知られる笹内川に沿って平坦な田園地帯を走り、やがて国道101号に出た。いっぺんに日本海が開けてきた。左折して15分ほどで五能線十二湖駅である。無人駅だった。

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 弘前から中村川に沿ってきて日本海に出る鯵ヶ沢手前の交差点には右、十三湖、左、十二湖と標識が立っている。飄々とした十三湖とは違って十二湖は神秘的な湖沼群であった。

 五能線十二湖駅から濁川に沿って左折する。日本キャニオンを右手に見て、深い樹林に蔽われた坂道を登っていくと、やがて八景の池が姿を現す。津軽国定公園十二湖は300年前の地震で谷口がせき止められてできた湖で、海抜25メートルに位置する。

 白神山系を背景に八景の池、大池、越口の池と静かな湖面に枯れた巨木の幹が立ち上がっている。太陽に照らされた手前の湖面の青、対岸の樹木の陰影、巨木の白さが自然のコントラストをなしていた。

               十二湖
(yahooより)



 ヒバで作られたビジターセンターには白神山系に生息するツキノワグマ、ニホンカモシカの剥製や鳥類の写真が展示されていた。ここで目を引いたのが、養魚場で悠然と泳ぐイトウの群れであった。

 中の池、落口の池を過ぎて沸池の入り口に瀟洒な茶室があった。こんこんと湧き出る沸壺の名水で煎れた抹茶のサービスを受けた。小さな観音様が静かに見守る木桶から零れ落ちる水音が小鳥のさえずりとよく調和していた。ふらりと訪れた旅人の心を和ませてくれる一服のお茶、しばし座して景観を見つめていた。

 沸壺の池、鶏頭場の池、青池はインクを流したように真っ青で、ブナの原生林がそのまま水中で朽ちていた。零れ落ちる陽光が神秘的な藍色を醸し出していた。

 長池周辺にはログハウスがある。北緯40度、サンタクロースの国フィンランドと提携して、十二湖メルヘンを目指しているという。森林面積が岩崎村の92%を占め、過疎化に歯止めをかけるために、自然を生かした観光に力を注いでいることができるような気がした。

 金山の池、長池、糸畑の池、牛蒡の池、千鳥の池、大池、日暮の池と一周約10キロ有余。荒らされていない自然の美をゆっくりと観賞することができた。


津軽ごたく帳陸奥新報 


 駐車禁止 病院嫌い、注射嫌いで内科を「うちか」外科を「がいか」などとへらず口を叩いているH市のK氏。「病院だなんて行ぐもんだな」と豪語していたが、日ごろの不養生がたたってついに、同市内のS医院の門をくぐる羽目となった。


 「先生、なるべくだバ、飲み薬コで治らねもんだべが」と哀願はしてみたものの、S先生から「毎日、二本の注射」を言い渡されてゲンナリ。さて「腕をまくって」と静脈注射をプスリ。注射嫌いのK氏「ウア、先生、そご、曲がり角のすぐそばだでばス、曲がり角のすぐそばだバ注射(駐車)禁止でねエの――}。




ただ風が吹いているnomi

 東京から江戸川を渡った市川市内は田園風景がいっぱいだった、というより田舎の風景を多く残していた気がする。

 省線電車が走る同じ線路には金モールで着飾ったお召列車のSLが、房総方面から上ってくる時には沿線の随所に警察官が立って、警戒していた。

 地響きと共に突進してくる蒸気機関車には、線路の盛り土の斜面にひれ伏して、通過するのを待って白い蒸気を浴びるのも一つの快感であった。

 夏休みのある日、両国行きの列車が畑の先に、長いこと停車したことがあった。ひとりの乗客が結構な数の泥鰌を列車から降りて、真っ黒に日焼けした子供たちのまえに差し出した。一斉に家に駆けだした。バケツを手に数分後にはその周りに集まりだして、少しづつ分けてもらった。

 その晩の食卓に泥鰌がどのような形でのったのかは、記憶が定かではない。

 

底言


鵜匠に操られる人民

 多くの全体主義国家では本来主役であるはずの人民、労働者・農民階級が一党独裁の特権階級によって、人生全体を鵜のごとく支配されている。

 人民の首には見えない紐が括り付けられており、国家は人民が汗水たらして得た収穫物を遠慮会釈なく収奪する。

 一見、鵜たちは自由に移動しているように見えるが、鵜匠たち特権階級の気に食わない事態に遭遇すれば、当該地域への渡航を自主的にやめたように誘導される。

 心の安らぎを信仰に求めようとしても、許されることはない。江戸時代の踏み絵のように、最高人民会議に隷属する宗教のみが公認される。すべての行動は一握りの権力組織の範疇から逸脱することは許されない。

 21世紀のうちには、鵜たちは自由を得て、大きく羽ばたくことができるだろうか。




 ちょっと余計な一言 

         階級闘争とは殺人を伴う醜い争いなのだろうか





「尻屋崎」





 山菜採りに案内していただいた弘前の地元紙M新報のS常務とは、文字通りの裸の付き合い、よく飲み、よく唄い、人生の機微を教えていただいた。

 故人となられたS常務に心底より感謝したい。