6 大都会から離れた津軽にははっきりとした四季があった

   地吹雪が津軽三味線の音律に聞こえる

  開放感あふれるの舞台。

  躍動感いっぱいのり。

   紅葉で燃えるような弘前城庭園。

   見知らぬ人と話題が弾む掛け流し温泉

There were four distinct seasons in Tsugaru away from the big city

Winter when the breeze can hear the Tsugaru shamisen noises.
A stage of cherry blossoms full of openness.
Festival full of lively dynamism.
Hirosaki castle garden that burns with autumn leaves.
Hanging out hot springs where topics bouncy with strangers
        
 

津軽紀行01


 

                            2016.12.20〜
    津 軽 紀 行
     Japan's Tsugaru



                                                         
2018.05.01改


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禁転載





31 小泊・下前漁港



 4月も中旬を過ぎると、小雨の降る日が多くなる。子連れのカモが土渕川で餌をついばんでいる光景がよく見られるようになってきた。そんなある日、津軽半島の漁港に行くことを思い立った。

 小泊・下前漁港、竜飛崎の少し手前、日本海に面した漁港である。十三湖から海岸線に沿って走り、夫婦岩を過ぎたあたりから左手前方に大変景色の良い磯が見えてくる。クロダイ釣りで有名な権現崎である。下前漁港へは小泊に入る手前の急坂を、権現崎に向かって降りていく。上から見る日本海は透き通って、水中の磯も見えそうであった。道を降り切ったところに、アワビなどを養殖している入り江がある。小さな漁船が数隻静かな波間に揺れていた。漁港はさらに200メートル先。港では甲板に多数の電灯をぶら下げたイカ釣り船が停泊していた。漁港を中心にして狭い通りを挟んで、漁師の住まいがほんのひと固まり、斜面に張り付いていた。

 午後1時を回ったころ、一隻の漁船が入港してきた。着岸したのは砕氷施設のある陸揚げ岸壁ではなかった。少し手前の小さな岸壁に寄せられた船から、ヤリイカが入った木箱が下ろされた。それほど入っていなかった。貧しい漁獲量だった。数個の木箱を下ろし、船長が箱の中からイカを取り出して、数十個の山を築いていった。均等な山が出来上がると、前掛けを締めたおかみさんたちが手際よく、持ってきたビニール袋に次々と収めていった。あと二山ほど、まだ引き取られないで残っていた。そのうち自転車に乗ったおじいさんが手提げ籠をぶら下げてやってきた。自分の取り分の前で自転車から降りた。


             下前漁港・小泊漁港
(yahooより)



 私は思い切って聞いてみた。「二三杯譲ってくれませんか」。2今年はとにかく不漁でめったにヤリイカを口にできなかった。だめだなあ”という津軽弁が返ってきた。致し方ないとあきらめて、墨で黒ずんだヤリイカを数えているおじいさんの手元を見つめていた。”帰って一杯やるのか?”独り言のように聞いてきた。これで一杯やったら堪えられないでしょうね。と答えると、”この通り不漁なので譲ることはできないが、この大きいのやるから持っていきなさい”とビニール袋に入れてくれた。”氷はそこの漁港でいくらでも貰える。弘前まででも鮮度が落ちることはなかろう”と教えてくれた。日焼けした顔、しわの多かった漁師のことはいつまでも印象に残っている。

 帰路は陸奥湾に抜けてみることにした。十三湖、今泉から大平を通って、蟹田に出る県道を走った。今泉川に沿って湿地帯が点在する。山道に入ってすぐ、この湿地に入って何やら採取している人が目についた。側にはオートバイが置かれてあった。水芭蕉が花を出しかけていた。車を寄せて降りてみた。アザミであった。若葉色のアザミがオートバイの前籠いっぱいに入っていた。さらに沢山のアザミを持って男が戻ってきた。”食べたことはあるか”と聞いてきた。採り立てを天麩羅にするとおいしいですよねと答えると、”好きなだけ持っていけ”と一抱えほど目の前に差し出してくれた。今、下目漁港でヤリイカを頂いてきたばかりだし、単身赴任でそんなに食べきれないからと固辞すると、”それはそれ、これはこれ”と結局頂いてしまった。

 見も知らぬ通りすがりの私にとっては、思いがけず大好物のヤリイカとアザミを食する機会を得るとともに、さらに大きな収穫は津軽人の優しさに目頭が熱くなるのを感じたことだった。

 帰宅すると早速、ヤリイカの皮をはいで、厚手の刺身。アザミは水を切って天麩羅にした。アザミはとても食べきれないので、揚げたてを印刷局に持参して、皆さんに食べていただいた。取り立ての揚げたてのアザミの天麩羅、ヤリイカのコリコリした舌触り、津軽の春が急に訪れたようであった。



津軽ごたく帳(陸奥新報 


 タマ N郡H町のM氏、体調を崩してH市のR医院に入院してから4か月になる。本人は全快に近いと思っているのだが、医師からなかなか退院の許可がでない。というわけで、1日いっぱい病室にいるのが退屈となり、ちょくちょく無断外出する。
 看護婦さんから「ドコサ行っていたの」と指摘されると「屋上」とか「トイレ」とかごまかしていたが、去る日も夕方帰院すると「Mさんドコサ行っていたの。無断外出はダメ」と若い看護師さんからキツイおしかり。7,8時間もパチンコ屋で過ごしてきただけに「トイレ」というわけにもいかず、ぐっと詰まったM氏、「タマにタマ出すに行ったんどもタマ出ねエで、タマ、タマらねエ」。


      





底言

 なぜわが人民だけが貧しいのか 

 北朝鮮の金正恩委員長が発したという言葉。父親・金正日から北朝鮮の将来を託された時から、常にそのことを考えていたのではないだろうか。人民の経済的豊かさを現実のものとするためには、どうゆう行動をとって行くべきかを熟慮し、もっとも効果的なタイミングを探るべく、トランプ大統領へ提議し、南北会談を経て世界中の関心をわが祖国に向けさせる。

 核開発、ミサイル発射など国連決議を無視し続け、中国を含めた経済制裁も初めから計画の範疇にあり、非核化を打ち上げてトランプ政権の関心を買い、中国を電撃訪問して習近平に腹の内を開かす。

 すべてがまず第一に北朝鮮人民を豊かにすること。次には朝鮮民族を他の国家から支配されないように、北の地下資源と、南の農産業とを併せもって、豊かな朝鮮半島を築き上げようという意図があるのだとしたら、金委員長の壮大なる構想はかつて果たしえなかった朝鮮半島の歴史上おおいに評価される。

 批判はともかく、平和への追求が確かなものになるように米、中、ロシアとともに日本は主導的役割を果たすべく、積極的に関与すべきではないだろうか。


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安全神話


朝日新聞紙面で見る「福島第一原発事故」
技術者OBによる紙面切り貼り<2011年3月12日朝刊14版〜2018年3月18日>

 新聞記者ではない小生には、取材するすべはない。あるのは配達される新聞記事をスクラップして、事故の発生から経過を知ることだけである。多くの読者もまた同じであろう。

 東日本大震災発生からの朝日新聞の記事については一切の改変をすることなく、出来るだけ丁寧に拾い出したつもりである。


<2011年3月15日>


高濃度放射能放出
2号機も炉心溶融

 2号機では14日、原子炉内の水位が低下、燃料棒全体が露出して空だき状態になり、炉心溶融が否定できない状態になった。いったんは回復したが、再び露出し、蒸気を排出する弁も閉まって水を補給しにくくなった。格納容器内の圧力を下げ、海水を注入できるようにするため、15日午前0時すぎ、放射性物質を高濃度に含む蒸気の外部への放出に踏み切った。

 2号機は14日になって炉心を冷やす水を循環する仕組みが働かなくなり、炉内の水位が低下した。

 14日午後1時25分 東電は冷却機能が低下したと判断。原子力災害対策特別措置法に基づく緊急事態として国に報告した。

 14日午後6時22分 東電は2号機への海水注入作業を開始した。だが、水位は下げ止まらず、4bある燃料棒全体が少なくとも2時間20分にわたって露出した。海水の注入は1,3号機に続き3基目。海水を送り込むポンプは、作業員が正常に作動しているかを監視した。最後に2号機のポンプを確認した時は動いていたものの、1,3号機のポンプを確認して戻ると、2号機のポンプが停止していた。ポンプの燃料が切れていたという。

 その後、燃料を入れて海水を注入、水位は上がった。圧力容器内の圧力は設計上の上限近くに達し、外側の格納容器に圧力を逃がす「SR弁」を開いて格納容器内に蒸気を逃がした。圧力が下がったところで消防ポンプを使って、海水の注入を再開した。

午後11時50分 一時的に圧力が下がっていたが、二つのSR弁とも閉まってしまう。閉まった弁が開けられないと、蒸気は排出できずに圧力が高まり、海水も入りにくくなる。格納容器の圧力も高まっているため、東電は格納容器から水を介さず、気体を直接放出した。この方法だと水を通す場合に比べ途中で一部の種類の放射性物質が除去されにくくなる。

 冷却水がすべて失われると空だき状態になって過熱が進み、炉心が溶ける恐れがある。原子炉を守る圧力容器や格納容器を溶かしたり、爆発を起こしたりして、大量の放射性物質の放出につながる恐れがある。また燃料棒が露出したことで爆発しやすい水素が発生、水素爆発につながる恐れがある。

 東電の武藤栄副社長は午後8時40分の会見で、2号機が空だき状態になっている可能性を認めた。炉心溶融の可能性があり、格納容器が持ちこたえられるかどうかが焦点となっていると語った。

 枝野官房長官は午後9時過ぎの記者会見で、燃料棒が露出した1〜3号機の炉心溶融について「可能性は高い、三つとも」と述べた。

 午後9時37分には第一原発の正門付近の放射線量が1時間当たり3130μシーベルトに上昇した。これまでの最高値を記録した。

 15日午前0時 10`南にある第二原発でも、放射線量が1時間当たり113μシーベルトに上昇した。第一原発2号機の影響とみられる。

 14日午前に起きた3号機の爆発は、12日に1号機で建屋が吹き飛んだ爆発によく似ている。避難指示の出ていた20`圏内には少なくとも約600人の住民が残っていたとみられ、保安院は一時、建物内に避難するよう要請した。東電によると、自衛隊員4人を含む11人が負傷し、うち6人については放射性物質の付着を確認した。周辺の放射線量のデータに大きな変化は確認されていない。

 一方、福島第二原発では1,2号機の炉内温度が100度を下回り、安定した状態に復帰した。

薄氷の原子炉制御
3基とも炉心溶融

 1,3号機水素爆発、2号機高濃度放射性物質放出。第二原発2基は冷温停止を確認。

 今回の地震では震源域周辺にある15基の原発のうち、運転中の11基で原子炉が自動停止(スクラム)した。13日時点では計6基で不安定な状態が続いていたが、14日に第二原発1,2号機で安全が確保され、残るは第一原発の1〜3号機、第二原発4号機の計4基になった。

 第一原発1〜3号機では、外部からの電力が確保されておらず、依然として厳しい状況が続いている。3号機では13日午後から原子炉内の冷却水の水位が下がり、燃料棒が一時的に高温・高圧の蒸気にさらされて水素が発生、建屋に漏れ出して爆発したと見られている。

 爆発後の炉内の状態は分からないが、枝野官房長官によると、午後8時ごろに冷却のための海水注入を再開したという。14日夜の時点で、水位低下や圧力上昇は確認されていないが、1号機とともに油断の出来ない状態が続いている。

 一方、2号機では、蒸気の余熱を利用した別の冷却系で原子炉内を冷やしてきたが、水の注入量が十分に確保できていない。冷却機能を確保するため、1号機、3号機と同じく海水を炉内に注入する作業に着手。しかし、ポンプの燃料が切れており燃料全体が一時露出した可能性があるという。その後、格納容器に通じる二つの弁が閉まってしまった。格納容器の圧力が高まっているため、高濃度の放射能の放出を決めた。

 福島第二原発では12日に3号機の炉内温度が100度を下回る「冷温停止」の状態となったのに続き、14日には1,2号機でも冷温停止が確認され安全が確保された。

 福島第二原発事務所の担当者は「緊急事態に該当する事象からは復帰した。安全な状態というにはまだ遠いかもしれないが、予断を許さない状態はとりあえず回避できた」と語った。

 第二原発1,2,4号機では、いずれも地震直後、炉内の水蒸気を海水で冷やして水に戻すシステムが正常に働かなくなっていた。このため、炉内の圧力が上昇し続け、限界を超えた場合に備え、放射性物質を含む蒸気を外部に逃がすための作業準備が進んでいた。

 1,2号機では14日午前6時ごろに、蒸気を抜かなければならない状態になる恐れがあったが、不調だった冷却系のポンプ機能が回復できた。保安院によると第二原発では1号機は14日午後1時40分に、2号機は午後2時20分に冷温停止状態に入ったことが確認されたという。4号機については、蒸気を抜かなければならない時期が来るまで、圧力レベルにもう少し余裕がある。冷温停止に向けて進んでいると見ている。


不安定な状態に現場苦戦

 東電による作業は難航している。「(作業用機器に)電源車をつなぐ場所が水没していて、すべてのモータを回せない」。東電の広報担当者は14日、現場の苦戦ぶりを明かした。

 第一原発の1,2,3号機が相次いで炉内を冷却できない事態に陥ったのは、津波で冷却水の循環ポンプを動かす電源装置が故障したためだ。このため東電は複数の電源車を集め、炉内に海水をつぎ込んで炉を冷やそうとしている。しかし、いずれの炉も不安定な状態が続いている。

 復旧に当たる作業員の被曝防止も大きな課題だ。顔全体を覆うマスクを配ったが、放射性物質が鼻や口から体内に入るのを防ぐ機能しかない。全身に放射線を浴びることは避けられず、一人ひとりの作業時間を減らすしかない。各自が計測機を持って現場の放射線量をモニターしながら作業にあたっているが、体調不良を訴える作業員もいる。

 放射線医学総合研究所は14日、被曝した自衛隊員の30歳前後の男性1人を受け入れた治療すると発表した。命に別条はないという。文科省や放医研によると、一定程度の被曝が認められ、放射性物質が膝の上あたりの傷口から体の中に入って「内部被曝」の状態になった可能性があるため、被曝医療が専門の放医研で治療することにしたという。3号機では14日午前11時ごろに水素爆発で11人が負傷、うち6人に放射性物質の付着が確認された。

 また、警察庁は14日、第一原発での12日午後3時半の最初の爆発で、10`圏内にいた人を避難誘導していた警官2人が2万8千〜3万4千カウント(CPM)の被曝をしたことを明らかにした。簡易防護服と有害物質を除去するマスクをしていたが、服などを除染した。

 福島県は当初は1万3千CPM以上を除染が必要な被曝としていたが、14日から10万CPM以上との基準を定めた。


止める・冷やす・閉じ込める
先ず制御棒差し込み

 大地震や事故のときに、確実に原子炉を「止める」「冷やす」「放射能を閉じ込める」ことが設計の大前提だ。

 それぞれの原子炉には地震計が設置してあり、震度5強程度の揺れを観測したとき、核分裂を止めるブレーキ役の制御棒が自動的に核燃料の間に差し込まれる。しかし核分裂が終わっても安全とはいえない。停止後も核燃料は熱を出し続けるので、燃料の周りに絶え間なく水を循環させて冷やす必要がある。循環させるには電気が必要で、停電したら外部の送電線からの電気でポンプを使って注水する。外部の電源が使えない場合はディーゼル発電機やバッテリーなど非常用電源を使う。

 炉心の周りの水が急激に減った場合には、緊急炉心冷却システム(ECCS)を作動させる。炉内に大量の水を注入する安全装置だが、今回は非常用電源も失い、使えない状況に陥った。
冷やし方が足りないと、原子炉内の圧力が高まる一方、燃料棒が熱で変形したり、溶けたりして核分裂生成物が冷却水内に溶け込むことになる。加えて燃料を覆っている材料が高温になると、水蒸気と反応して水素を出し、これが外に漏れて酸素と反応すると爆発する。

 原子炉内の温度が100度未満に落ち着けば「冷温停止」と呼ぶ状態になる。これで、放射能が外部に漏れずに「閉じ込める」ことができれば、安全な状態といえる。

東北沖米艦船乗員から放射性物質
 「トモダチ作戦」一時停止

 東日本大震災の被災者救援のため、米軍は14日、「トモダチ作戦」と名付けた活動を本格化させる予定だった。だが、第一原発の放射能漏れ事故を受け、原子力空母などによる支援活動は一時停止した。

 米軍は、13日に東北沖に到着した原子力空母ロナルド・レーガンのほか横須賀、佐世保基地所属の艦船など計14隻を展開させる方針で、沖縄の海兵隊も投入した。

 しかし、米海軍第7艦隊(神奈川県横須賀市)は14日、災害救援のため東北沖に派遣した艦船と航空機について第一原発の近海から一時退避させたと発表した。大気中や展開中の米軍の航空機のほか、災害救援に携わったヘリコプター搭乗員らから低レベルの放射性物質が検出されたためだという。

 空母ロナルド・レーガンは第一原発から北東約185`の洋上に展開していたが、他の艦船群とともに原発の風下から逃れた。米紙ニューヨーク・タイムズによると試料の採取は第一原発から約100`離れたところで行われており、放射能汚染が風でかなり広がっている可能性を示唆している。

 一方、在日米海兵隊(司令部・沖縄)も支援に本腰を入れ始めた。14日までに海兵隊普天間飛行場から輸送機10機、ヘリコプター8機を本土の岩国基地(山口)と厚木基地(神奈川)に派遣。14日には輸送機2機が数十人の海兵隊を乗せて飛び立つところを報道陣に公開した。
ルース駐日大使は14日の会見で「これまで日本は(災害救援の姿勢を)何度も何度も世界で証明してきた。その日本がこれだけひどく傷ついた今、今度は我々が駆け付ける時だ」と同盟国としての姿勢を強調したが、原発事故の影響で救援活動が続けられるかどうかも不透明だ。

IAEA専門家派遣準備進める

 国際原子力機関(IAEA・本部ウィーン)は14日、3号機で「水素爆発があり建屋が爆発したが、格納容器に損傷はなかった」との報告を日本政府から受けたと発表した。天野之弥事務局長は日本時間15日未明、ウィーンで記者会見し、事故に対するIAEAの見解などを示すと見られる。

 IAEAは引き続き第一原発の状況を注視し、日本への専門家派遣を含む「技術的支援」の準備を進めている。今回も放射線の影響調査や医療支援、所在不明の放射性物質の回収、緊急対応への助言などの分野で派遣を検討しているが、あくまで日本政府の受け入れ決定が前提となる。

 日本側は今回の事故を原発事故の国際評価尺度(0〜7)で、放射性物質が放出された1979年の米スリーマイル島原発事故の「5」より一段低い「4」程度と位置付けている。これに対して、IAEAは「大量の放射性物質の放出が起きているわけではないという意味で、スリーマイル事故とは違う」(関係筋)と分析。現時点での日本側の評価を「妥当」としている。

応援の自衛隊員ら被曝

 14日午前11時1分、3号機は格納容器を覆う建屋が「ドーン」と砲弾が落ちたような爆発音と煙に包まれた。

 原子炉の冷却作業をするため、建屋付近にいた陸上自衛隊「中央特殊武器防護隊」などの隊員30人も爆発に巻き込まれた。吹き飛んだ壁などの落下物にあたり、隊員4人を含む計11人がけがをした。うち一人は一定程度の被曝が認められたため、専門の医療機関・放射線医学総合研究所(千葉)にヘリで搬送された。自衛隊幹部は、派遣した隊員が被曝する事態に「安全確認をしっかりしていくしかない」と顔をこわばらせた。
 
 事故に遭遇した陸自の中央特殊武器防護隊はNBC(核・生物・化学)テロに対処する専門部隊。13〜14日はタンク車など約20台で福島第二原発に向かい、原子炉への注水作業に参加。同日朝からは3号機の支援にも向かっていた。

 第一原発では12日に1号機の爆発が起きており、同部隊はいったん撤収していた。東電側から14日朝、「安全性に問題がないので第一原発でも注水してほしい」と要請され、午前9時40分過ぎから作業していた。核燃料が溶け出す炉心溶融を抑え込み、原子炉内の状態を安定させられるか、ぎりぎりの攻防が続くなか、政府は総動員体制で炉の冷却作業を支援する。炉内の圧力が高まって炉そのものが爆発すれば、大量の放射性物質が飛び散る最悪の事態になりかねないからだ。







ちょっと余計な一言 

      高齢者が騙されるのは、家族にも一因あり



つがる温泉






  山菜採りに案内していただいたM新報のS常務とは、文字通りの裸の付き合い、よく飲み、よく唄 い、人生の機微を教えていただいた。
故人となられたS常務に心底より感謝したい。


後期高齢者の仲間入り。心身ともに健康でいられるように、ホームページに挑戦しています。



ご感想、ご意見をお寄せください。fk629m6@coda.ocn.ne.jp 松原靖